東京高等裁判所 昭和50年(ネ)1236号 判決 1978年4月27日
控訴人
大家・ハロルド・俊夫こと
オイエ・ハロルド・トシヲ
控訴人
有限会社アメリカン・アミユーズメント・カンパニー
右代表者
オイエ・ハロルド・トシヲ
右両名訴訟代理人
佐々木功
被控訴人
株式会社読売新聞社
右代表者
務台光雄
右訴訟代理人
表久雄
外四名
主文
一、原判決中控訴人オイエ・ハロルド・トシヲに関する部分を次のとおり変更する。
被控訴人は右控訴人に対し金一五〇万円及びこれに対する昭和四六年五月七日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。
右控訴人のその余の請求を棄却する。
右控訴人に関する訴訟費用はこれを一〇分し、その九は右控訴人の負担とし、その余は被控訴人の負担とする。
二、控訴人有限会社アメリカン・アミユーズメント・カンパニーの控訴を棄却する。
右控訴費用は右控訴人の負担とする。
三、本判決は、控訴人オイエ・ハロルド・トシヲ勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一請求原因(一)の事実は、本件記事の見出しの「改造」という活字の大きさに関する部分を除き、当事者間に争がなく、<証拠>によれば、右活字は六倍見出し明朝体であるこことが認められる。
二新聞記事による名誉毀損の成否についての判断基準、本件記事の読者に与える認識ないし印象及び右記事の報道が控訴人らの名誉、信用を毀損したものであるか否かについての当裁判所の判断は、原判決の理由中の当該部分において説示するところ(原判決一五枚目―記録五三丁―表七行目から、原判決一七枚目―記録五五丁―裏九行目迄)と同一であるからこれを引用する。
そして、本件記事の作成、編集、新聞掲載が被控訴人の被用者らによつてなされ、従つて右一連の行為にあたる場合にはその使用者たる被控訴人もその責を負うべきこと及び右被用者らが本件記事によつて控訴人らの名誉、信用が毀損されるであろうことを認識していたことについての当裁判所の判断は、原判決理由記載(原判決一七枚目―記録五五丁―裏一〇行目「本件記事が」以下原判決一八枚目―記録五六丁―表末行迄)と同一であるからこれを引用する。(但し、原判決一七枚目―記録五五丁―裏一〇行目に「従業員」とあるを「被用者」と、同裏一一行目に「部長」とあるを「次長」と、それぞれ訂正し、原判決一八枚目―記録五六丁―表三行目に「あること」とあるを「あり、右編集担当者らが被控訴人の被用者であること」と訂正し同表一〇行目に「証人」とある前に「原審」を加える。)
三ところで、民事上の不法行為である名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係りもつぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、もし右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失がなく、結局不法行為は成立しないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四一年六月二三日判決・民集二〇巻五号一一一八頁参照)。控訴人ら主張のような企業の無過失責任論はその根拠を欠き到底採用することができない。
そこで、以下本件について右基準に従つて判断を加える。
(一) 本件記事の内容が記事掲載当時未だ公訴の提起されていない人の犯罪事実に関するものであり、公共の利害に関する事実であることは当事者に争がない。
被控訴人は、本件記事はもつぱら公益を図るために報道されたものであると主張し、控訴人らは原審において右事実を認めながら当審においてこれを否認しているので結局自白の取消にあたるものと解すべきところ、自白の取消は自白が事実に合致しないで、かつ錯誤に基づいてなされたことが証明されたときに限り許されるものであるが、本件記事に基づく報道が、もつぱら公益を図る目的でなされたものでないことを認めるべき証拠がないので右取消は許されず、結局右自白は有効なものというべきである。
(二) そこで被控訴人の本件記事の真実性に関する抗弁(二)の事実について判断する。
先ず、スロツトマシンの構造、作動、賭博的要素及び使用許可条件に関する抗弁(二)の1の事実、控訴人オイエが逮捕され、控訴会社の工場が捜索されたことに関する同6後段の事実及びこれより先控訴人オイエが伊藤豊にスロツトマシン一台を売却したことはいずれも当事者間に争いがない。
そして右逮捕、捜索に至つた経緯については右争のない事実に、<証拠>を総合すると、この点に関する原判決理由記載のとおりの事実(原判決一九枚目―記録五七丁―裏九行目から原判決二一枚目―記録五九丁―裏二行目「至つた。」迄。但し、原判決二〇枚目―記録五八丁―裏五行目の「国内で」の記載を除く。)が認められ、他に右認定を覆すべき証拠は存しないので、これを引用する。
しかしながら、<証拠>によると、右捜索によつては控訴人オイエの前記被疑事実を立証すべき証拠が発見できず、逮捕後同控訴人はスロツトマシン一台を伊藤豊に売却した事実を認めたのみで即日釈放され、その後控訴人オイエに対する特段の捜査がなされないまま右被疑事件は同年七月一三日不起訴処分によつて終了していることが認められる。
ところで、前掲証人武者邦雄は、控訴人オイエは逮捕後自ら控訴会社の工場で前記スロツトマシンを賭博用に改造した上これを伊藤豊に売却したことを自白していた旨供述しており、又前掲証人伊藤豊は浦上徳三より控訴人オイエがスロツトマシンを賭博用に改造していることを聞いた旨供述しており、<証拠>には控訴人オイエが前同様改造している旨の記載があり、更に当審証人石橋功の証言によりその原本の存在、成立とも認められる<証拠>にも同趣旨のしかもその改造台数は七〇〇台ないし八〇〇台である旨の記載がある。
しかし、右証言及び記載は、当審証人細野七郎原審及び当審における控訴人オイエ本人兼控訴会社代表者の供述に対比して採用できないものである。そのことは、賭博用に改造されたスロツトマシンが多数国内に出廻つていることは原審証人石橋功の証言により認められるのにそのうち控訴人オイエの売却にかかるものはスロツトマシン一台以外にこれを認めるべき証拠がないこと(<証拠>には多数の控訴人オイエによつて改造されたスロツトマシンが右控訴人によつて販売されている旨の記載があるが、もしそうであれば控訴人オイエが逮捕後即日釈放されその後右控訴人に対する捜査もされないまま不起訴処分を受ける筈がないので右記載は証拠として採用できない。)、前掲証人細野七郎、控訴人オイエ本人兼控訴会社代表者の供述によると控訴人の取扱つたスロツトマシンはコインエントリーを拡大しなくても百円硬貨が使用できるので賭博用に使用するために特にコインエントリーを拡大する必要のないこと、控訴人オイエはスロツトマシンの買主である伊藤豊が暴力団と関係のある者であることは知らず、遊戯用にのみ使用する遊戯用メダルを入れた袋をつけて売却していることが認められることからも窺われ、従つて控訴人が伊藤に売却したスロツトマシンの一部に改造が行われた痕跡が認められるとしてもそれが控訴人オイエの手によつてなされたとのことを認めるに足りないものである。
もつとも、伊藤豊が控訴人オイエから、ロタミントより儲かると言つてスロツトマシンの購入をすすめられたことは前認定のとおりであるが、原審における控訴人オイエ本人兼控訴会社代表者の供述によると、右はスロツトマシンの優秀性を表現したものに過ぎないことが認められるので、これをもつて前記判断を左右することはできない。
そうすると、本件記事は、控訴会社がスロツトマシンの賭博用改造工場を有し、控訴人オイエは右工場で大量のスロツトマシンを賭博用に改造し、これを暴力団員に売渡し賭博幇助罪を犯したような印象を与える点で、およそ真実とかけ離れた内容の記事であるといわなければならない。
(三) そこで進んで被控訴人の本件記事作成、掲載担当者において右記事が真実であると信ずるにつき相当の理由があつた旨の抗弁(三)について判断する。
<証言>によると、前記控訴人オイエに対する逮捕捜索に関連して被控訴人が本件記事を掲載するに至つた経過は次のとおりであると認定することができ、他に右認定を覆すべき証拠は存しない。
被控訴人においてはつとに前記警察の動向を知り、本件記事以前にも、昭和四六年三月一二日及び同年四月二四日の新聞紙上でプレス・キヤンペーンの趣旨も含めて賭博ゲームマシン関係者の逮捕及びこれに関連する記事を報道したが、特に被控訴人の記者である石橋功が中心となつて取材に努め、捜査当局に密着して情報を蒐集し、伊藤の逮捕されていることやその被疑事実を責任ある地位にある捜査官から聞いていた。そして石橋は、控訴人オイエ逮捕の当日も、逮捕、捜索のなされることをその被疑事実と共に捜査官に聞き横浜支局の記者及び写真部員を同行して逮捕、捜索の現場に赴き、逮捕、捜索のなされていることを現認し、控訴会社の作業所において発見され、石橋も現認したリール絵が普通一般に使われているものの絵とは異なるものであること及びそこで発見されたメダルが百円硬貨と同一の大きさのものであること等を捜査官から説明されて、右作業場においてスロツトマシンの改造がなされていることに間違ないものと認め、直ちに本件記事の原稿をまとめて横浜支局から電話で本社の社会部に送稿した。これを受けた本社社会部次長の門馬晋は、石橋に誤りのないことを確認し、警察庁詰め記者を通じて右逮捕、捜索のなされたことを確かめた上、送られてきた捜索現場の写真と共に原稿を整理部において見出しを付け、割付けをして本件記事が同日の夕刊に掲載されるに至つた。
以上の事実が認められる。
以上の事実によると、石橋は捜索の責任者から予め伊藤の被疑事実と同人が逮捕されていること及び控訴人オイエの被疑事実及びその逮捕、捜索されることを聞いており、右控訴人が逮捕、捜索されているところを現認し、かつリール絵及びメダルを発見し現場の捜査官より右が控訴人オイエの犯行を裏裏付ける証拠である旨の説明を受けたために、その先人観によつて控訴人オイエに対する被疑事実が真実であると速断し、そのまま控訴人オイエの供述内容も聞かず急いで横浜から電話で原稿を送り、これを受取つた社会部等の担当者が単に警視庁詰めの記者を通じて逮捕、捜索の事実を確かめただけで、石橋同様記事の真実性に疑問を抱かずこれを新聞に掲載したものということができる。(ただ、当審において証人石橋功の前記逮捕、捜索後捜査官から控訴人オイエが犯行を自白したことを聞いた上本社に送稿した趣旨の供述があるが、右供述はあいまいな点が多く、又通常逮捕、捜索の現場で被疑者から自供をとることは考えられないので右供述は採用することができない。)
ところで、<証拠>によれば、控訴人オイエの扱つたスロツトマシンの多くは米軍の払下げ又は国外からの輸入による中古品を修理再生したものであり、従つてそのリール絵も元々外国人向きに作られ、使用できるコインも各種の大きさのもの(例えば米貨五〇セント相当、二五セント相当、一〇セント相当、五セント相当等)があつたことが認められるから、当該スロツトマシンが控訴人オイエによつて賭博用に改造されたものであるか否かについては容易に断定できる筋合のものでなく、しかも石橋らは控訴人オイエの供述の結果を聞く等その後の裏付けをとることをせず、未だ捜査当局が正式の発表をしていない段階において直ちに本件記事を作成、掲載したものであるから、たとえ右記事の一部が捜査の責任者から得た情報に基づくものであるとしても、記事掲載を急ぐの余り軽率に走つたとのそしりを免れず被控訴人の各担当者が本件記事の内容を真実と信じたことについて相当の理由があつたものと直ちにはいうことはできないから、従つて同人らに過失がなかつたものとはいえない。
四そうすると、被控訴人の右抗弁は失当であるから、被控訴人は控訴人らに対して不法行為による責任を免れないものである。そこで次に控訴人らの損害の有無及び額について判断を加える。
(一) 前掲証人細野七郎、控訴人オイエ本人兼控訴会社代表者の供述によると、控訴人はもと米軍陸軍の大尉であり退役後も堅実に仕事に励み社会的信用も厚かつたが、被控訴人の右不法行為によりその信用を失墜し、名誉を毀損され、ために人から地下組織のボスとかギヤングのボスとか云われ、控訴人オイエが代表者をしている控訴会社の取引の多くは解約され、その上控訴人オイエの子供迄学校に行くのを嫌がるようになつたため転居を余儀なくされる等著しい精神的苦痛を蒙つたことが認められる。従つて被控訴人は控訴人オイエに対し右苦痛を慰藉するために慰藉料を支払う義務があり、その額は前記認定にかかる諸般の事情に鑑み金一五〇万円をもつて相当とする。
よつて控訴人オイエは被控訴人に対して金一五〇万円及びこれに対する不法行為時である昭和四六年五月七日以降完済に至る迄民法所定年五分の割合による損害金の支払をを求める権利があるが、その余の慰藉料の請求は失当である。
なお、控訴人オイエはその毀損された名誉を回復するために謝罪広告の掲載を請求しているが、本件においては右のように被控訴人に対して慰藉料の支払を命じることによつてその名誉も十分回復されるものとみるべきであるから、右請求は理由がない。
(二) 控訴会社は、昭和四六年五月五日千葉和海に対してスロツトマシン八五台を売却する旨の契約をなしたが、本件記事が新聞に掲載されたことにより、スロツトマシンが賭博のための反社会的製品であるとの風評を流布され、又控訴会社の名誉が毀損せられ、信用が失墜したため、買主千葉の嫌忌を受けて右売買契約を解除され、右売買代金額と仕入原価等の差額の得べかりし利益を喪失した旨主張するが、右の理由だけでは千葉に右契約を解除する権利が発生したものとは解されないから、解除の効果が発生する筈もなく、控訴会社は千葉に対しその解除の申出を受容れることなく自らが無実潔白であることを主張し、当該契約の履行を求めればよかつたのであつて、従つて解除の有効なることを前掲とする控訴会社の主張は採用することができない。
五以上控訴人オイエの請求は前認定の限度で正当であるのでこれを認容すべく、右控訴人のその余の請求及び控訴会社の請求は失当であるからこれを棄却すべきものである。《以下、省略》
(吉岡進 前田亦夫 太田豊)